COLUMN

津軽塗

「津軽塗」の正確な定義というものはなく、一般的には津軽地方で生産される伝統漆器の総称とされています。津軽塗という言葉が生まれたのは明治六年(1873年)、ウィーン万国博覧会がきっかけとされています。漆器を展示することとなった際に、その産地を明らかにするため名付けられました。津軽地方ではそれ以前から漆器製作が産業として根付いており、古くは江戸時代中期にさかのぼることができます。

津軽塗は「研ぎ出し変わり塗」という特徴的な技法によって作られます。これは漆を塗っては研ぐという工程を40回以上繰り返して模様を出す、津軽塗ならではの技法で2カ月以上の日数をついやして仕上げられます。

これは塗師・池田源太郎によって生み出された技法で、その独特の美しさが人気となり津軽藩がその技法を奨励したことで発展しました。

ほかの産地の漆器は漆を塗った上から模様を描きますが、津軽塗では漆を塗ること、磨くこと、研ぐことを何回も繰り返すことで複雑で美しい模様が浮かび上がり、さらに堅牢と評されるように耐久性にも優れます。

今に受け継がれる、津軽塗には4つの技法があります。

【唐塗】

唐塗は津軽塗の代表的な技法として最も多く生産されている塗りです。

唐塗の歴史は長く1715年には既に「唐塗之御文箱~」という記録があります。「唐」という言葉には「珍しいもの」、「優れたもの」という意味があり、当時の社会風潮から名づけられたものと考えられています。

独特の唐塗の模様は、穴のあいた仕掛けべらと呼ばれる道具を使い凹凸をつけていくことで作られます。絞漆の凸模様を基本として、塗りと研ぎを繰り返し特徴的な唐模様を浮かび上がらせます。

【七々子塗】

繊細な輪紋の柄が特徴的な七々子塗は、下地の上に彩漆を塗り、生乾きの間に菜種を蒔き付けてその模様を作ります。

「ななこ」とは津軽弁で「魚の卵」を意味し、七々子塗もその様子が魚の卵を連想させることから呼ばれるようになったと言われ、他にも「七子」「魚子」「菜々子」「斜子」などの文字で表記されることもあります。

研ぎ出し変わり塗の一種である七々子塗ですが、これは加賀藩や小浜潘でも広く見られる技法でもあるようです。

【紋紗塗】

紋紗塗は黒漆と炭を使って光沢の有無を使い分けながら黒い模様をつけるもので津軽塗独特の技法です。漆黒の迫力と重厚感が津軽塗らしい独特の塗りです。

津軽地方ではもみ殻のことを「紗」と呼び、紋紗塗は紗の炭粉を黒漆の模様に蒔き、研ぎ出して磨き仕上げして作られます。

【錦塗】

錦塗は七々子塗の変化の一種で、七々子塗の上に黒漆を使って模様を描く豪華絢爛な塗りの技法です。描かれる模様は桜を唐草風にデザインしたものや、菱形・稲妻型の紗綾形などで、錫粉を蒔いて錦を思わせます。

大変な手間と、高い技術を必要とする技法のため塗り上げられる津軽塗職人は少なく、希少価値が高い技法となっています。